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それじゃあね

しんでしまえ

不可能であることは事実だったのである。
何度も何度も同じような失敗を繰り返して、同じような苦しみと不安を味わって、原因はとうの昔に明確に把握できていたのに、それでもわずかばかりの砂糖を再び舐めたくて、ある種中毒になったかのようにまた同じことを繰り返していた。

「でも、うまく扱えれば、きっと便利なもので良いものになるんだ」

今までそう思って、やめない言い訳ばかりしてきた。ただで転びたくなくて、本当にごく少ないメリットだけを頼りにすがろうとしていた。そこにいるのは赤の他人だ。そこにいるのはただの他人だ。自分自身の評価よりも、私は他人からの評価を優先した。不安定で歪で正確性の欠けるアンバランスな安心の軸を、他人に求めた時点で私の行為は不安の沼に堕ちる過ちであったのだ。

「だけど、うまく制限して距離を取って扱えれば、きっと便利なもので」

その言葉を、中毒者に向かって言えるわけがないのに。麻薬を吸いながら、「でもこれは、うまく扱えれば」と言っているようなものだった。到底制御することが不可能であるものを、制御できると過信していた。ただでさえ心が不安なのに、自分の軸がブレているのに、そんな私自身にそれをうまく扱えるわけがなかったのだ。

こればかりは思い込みではなく、確かな事実があってのことだ。便利なのはほんの一割か二割。残りの割合は不安と怯えと、相手に期待の眼差しを向ける目が混じっていた。そしてその便利な事実ですら、それがなくとも別の代用品で賄える代物だった。

それがなかったあの頃。私はここまで不安に怯えることはなかった。元より人からの評価を怯えてはいたものの、それが常時続いていたわけではなく、ここまで誰かの目線を感じることはなかった。創作することを何よりも楽しみにして、楽しく感じて、目を輝かせて、自分自身を見ながら創っていたのに。

「何が繋がりだ。繋がってもいない。見えないエゴに踊らされて、承認欲求にまみれて、苦しんで」

どうにかして手放さない理由を探していたんだ。自分を誰かが受け入れてくれると、確信もない信頼と期待を勝手に抱いて苦しんで、自分自身が自分を見捨てて、他人が助けてくれることだけを期待して、自分の面倒をすべて向こう側に投げやりにした。

もうこんなことは嫌だ。やめてやるんだ。